第60回環境社会学会大会の開催案内とシンポジウム企画(12月8日 明星大学)

次回の大会は、下記の通り明星大学において開催します。
【日程】2019年12月8日(日)
【会場】明星大学(東京都日野市程久保2-1-1)
多摩モノレール「中央大学・明星大学駅」直結です。
キャンパスへのアクセスガイド
https://www.meisei-u.ac.jp/access/hino.html
キャンパスマップ
https://www.meisei-u.ac.jp/campus/hino.html
 
【開催校連絡先】
熊本博之(明星大学)kuma[at]soci.meisei-u.ac.jp
*[at]を@に替えて送信してください
 
【参加費】
正会員500円、非会員500円、学生会員無料
(メルマガ既報分から変更になりました)
 
【託児について】
学会の託児補助金を活用することができます。
開催校での託児サービスは現在調整中です。
開催校事務局にお問い合わせください。
なお、大会にはお子様連れでの参加が可能です。
 
【大会スケジュール(予定)】
午前 9:30~12:00 自由報告
午後 13:30~16:30 シンポジウム
※確定版は自由報告募集の締切後にご案内いたします。
 
【シンポジウムテーマ】
「気候変動と専門家」
 
【登壇者】
報告者:杉山昌広(東京大学)、富田涼都(静岡大学)、福永真弓(東京大学)
コメンテーター:寿楽浩太(東京電機大学)、長谷川公一(東北大学)
司会・解題:立石裕二(関西学院大学)
 
【趣旨】
 このシンポジウムでは、気候変動問題における専門家の複数性、専門知の多様性とダイナミックな変容に目を向けながら、改めて、専門家であるとは何か、どのような専門知の社会的貢献が求められるのかを明らかにする。
 
 気候変動対策をめぐっては2015年にパリ協定が合意され、各国で削減目標の達成に向けた取り組みが本格化している。しかし日本では、目標達成に向けた動きはにぶく、そもそも、何をすれば目標値に到達できるのかといった議論さえ、限られた場でしか行われていないのが現状であるように思われる。こうした状況を前にしたとき、なぜ日本の世論は・・・といった問いを立てがちであるが、それ以前に、環境社会学者をふくめた環境問題の専門家の側でも、気候変動の問題に対して正面から向き合えていないのではないか。
 
 気候変動問題にかかわる専門家には、物理学などのハードサイエンスから、気候変動に強い作物や再生型農業など実践型の農学、ガバナンスやステイクホルダリングの実践にかかわる人文社会科学系まで、幅広い分野の人びとが含まれる。今日では多くのフィールドで気候変動の影響をふまえた研究と実践が求められており、直接/間接にかかわる専門家の裾野はきわめて広い。さらに、PhDをもち、在野で研究しながら起業したり、大学などの研究機関で社会変革のための起業や農場づくりなどの「実践の仕方」を教えたりするなど、専門家と普通の人びとの垣根をダイナミックに再編する例も出てきている。多様なかたちで「専門知」「専門家」が関与しているのが気候変動問題の特徴だと思われる。そうした多様な専門家たちが、それぞれどのような状況におかれていて、「気候変動」というイシューとそれについての知見がどのように扱われているのか、から考えていきたい。
 
 専門家が「正面から向き合えていない」のではないかと問うとき、そこには、いくつかの異なる意味合いが込められている。第一に、気候変動は自分の扱うフィールドには直接関係がないとして、関心を向けない環境問題の専門家が少なくない。地球温暖化や気候変動は気候科学の専門家が扱う領域であって、自分の専門は別だというのである。気候変動に言及する場合でも、それを「所与」のもの、つまり自分のフィールドではどうにもならない外的な条件のように扱うことがしばしば見られる。こうして、環境問題の専門家は日本にたくさんいるはずなのに、気候変動に関して積極的に発信している専門家はごく一部、という状況が生じてくる。
 
 第二に、地球温暖化対策をめぐって、日本の専門家が国際的な発信に努めていても、専門家ネットワークの力学の中で、議論の動向に影響を及ぼすことが難しい場合が少なくない。また、日本の専門家の間では、議論の方向性が決まってから対応すれば良いという「様子見」スタンスもときに見られるように思われる。それによる弊害は、国際的な場における日本のプレゼンスの低下だけにとどまらない。自らが「天下り」的に受け取ることになった国際的な議論の結果について、専門家が日本国内に伝えようとすると、今度は彼ら自身が「天下り」的に提示せざるをえない。パターナリスティックに情報が流れてくるばかりで、専門家を通じて当事者の声を国際社会に届ける回路を十分に築けていないことが、日本において気候変動問題への関心が低いままにとどまる一因になっているのではないか。
 
 第三に、専門家が「気候変動」を口にする場合でも、研究資源を獲得するための「建前」になっているのではないか、という点である。研究費を獲得する局面では気候変動に言及しても、政策論議の局面では積極的に行動しようとしない。研究の意義を訴える理由づけとしては有効だから、現在の対策枠組みに問題を感じることはあっても、積極的に指摘しようとはしない。専門家のあいだで「気候変動」言説が便利に消費されている一面があることが、世間の無関心と感情的反発を生む一因になってはいないだろうか。
 
 気候変動をめぐる専門家のあり方を論じる上で、今回のシンポジウムで一つの手がかりにしたいのが、工学的な手法によって気候への人為的な影響の緩和をはかる「気候工学」の是非である。気候工学に関しては、国際的に見ても積極的な推進をのぞむ声は多くない。しかし、パリ協定で掲げた目標を本気で達成しようとするなら、最後の手段として検討しておく必要があるのではないか、いや、気候工学のような手段をとるくらいなら、強権的なアプローチを発動して経済活動を抑制するほうがましだ、といった形で、少なくとも議論の俎上にはのぼるようになっている。ところが日本では、肯定論であれ否定論(代替案の提示)であれ、議論すること自体を避けて通ろうとする風潮が強い。「非連続的イノベーション」といった実質的な内容がはっきりしない言葉を持ち出すばかりで、イノベーションをとってもそれを達成するための具体的政策論まで踏み込もうとしていないように思われる。
 
 今回のシンポジウムは、気候変動問題において国際的な発信を続けている自然科学・社会科学の学際領域の専門家による報告と、国内外のフィールドにおいて気候変動問題に向き合ってきた環境社会学者による報告とで構成されている。そこで描き出される気候変動問題における(日本の)専門家のあり方について、政策決定過程における専門家の役割、自然科学の専門家と接する局面での社会学者の役割といった観点からのコメントをまじえつつ、フロアも含めた参加者全体で議論したい。そうすることで、気候変動という、これまでどちらかといえば日本の環境社会学が「苦手」としてきたと思われるテーマについて、研究・実践の両面において、環境社会学者がどのように関わっていくべきかを考える機会にしたい。
(研究活動委員 立石裕二)